自殺志願!教育用電子市場!

2004年10月21日

BASIC

d3fba9b8.JPG1984年、テレビでNECと富士通が盛んにパソコンのCMを流すようになった。NECはPC6601,8801,9801、富士通がFM7,FM8,FM11,グレイド別にこの3種類のPCである。
7年頑張っていたアマチュア無線を諦め、パソコンをやってみようと決意する。
この年に、25年のローンを組んでマイホームを買い、住み始めた。趣味を2つ持つことは収入上できない相談であった。実家には、7メガの2エレ八木、14メガ、21メガ用の5エレ八木、1.9メガ、3.5メガ用のロングワイヤ、等のアンテナをタワーに立てていたが、新しい家に引っ越すために降ろしてしまったことも、パソコンに鞍替えするきっかけとなった。

無線機材を売ってパソコンを買ったが、実際はPC6601と交換の形になった。無線の機材はかなり高いものだったからだ。このPCの謳い文句は「おしゃべりパソコン」、FM音源を内蔵していて、音楽を作れたが、しゃべらせることもできた。PCで自分のオリジナルを演奏させたいと思っていた。それにはちょうどよいパソコンである。
当時のパソコンは今のものとは180度どころか360度違うと言っても過言ではない。そして能力は今なら人間とアリくらいの違いがある。クロック周波数4MHz、RAMは32KBしかなかった。何かをやらせるには、メモリーを食わないような工夫が必要だった。
まずOSはMS−DOSというもので、それほど使うことはなかったが、コンピューター言語としてBASICが内蔵してあった。
パソコンの電源を入れても、今のように綺麗な画像がディスプレイに出てくるようなことはない。真っ暗な画面に、白いカーソルだけがピッカピッカしているだけの無味乾燥なものだった。
何かさせたいときには、アプリケーションソフトを買ってくるか、パソコン付属のBASICを覚えてプログラミングする以外になかった。
しかし、このBASIC、なかなかの優れもので、こと事務処理に関しては、自分の頭で描けるものであれば何でも実現することができた。
自分は文科系の人間だが、コンピューター言語そのものの在り様は論理数学になるものと思うが、論理の構築ということが、文科系、それも文章にこだわりを持っている者にはしっくりくるのだ。少々緻密な論理の構築であるが、自分の感覚としては恰も物語を書いているような感覚なのだ。
自分の表そうとする言葉を、BASICのコマンドから探していく、それを繋ぎ合わせていって、物語を完成させるのだ。その過程が何とも言えず楽しかった。
当時はサラリーマンで、会社にも1台、BASIC内蔵のパソコンがあった。会社にPCがたったの1台である。そんな時代なのだ。もちろん大型のコンピューターは経理処理などに使われていた。
その1台のPC、当然のことながら使う者などいない。というより使えない者が99%であった。
さっそくMYPCに早代わり、自分の仕事をどんどんプログラミングした。ねじり鉢巻で1日かかってやっていた仕事が2時間で終わってしまう。きれいにデータがプリンターから出力される。「パソコンとは何と便利なものなんだろう!」と感心し、とても嬉しかったことを覚えている。
自分の常として、3年先を見こして仕事をした。それが信条だったが、残念ながら会社がついてこない。「こいつは何をやっているんだ」という具合である。
3年後に、やっと3年前に自分がやっていたことを会社が推進し、当たり前になり始める、という具合だ。
自分は会社では抜けている存在だったが、3年先は未来過ぎて殆どの者に理解されなかった。
そんなことを25年も続けたが、最後はバカバカしくなって会社を飛び出してしまった。
組織には合わない人間だったと言ってもいいのだろう。
しかし、会社にとっては総じて有益だったと自負している。

写真は、1から10までを加算していくプログラムである。答えは55となる。

kenhappy1 at 00:23│Comments(0)TrackBack(0) PC 

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
自殺志願!教育用電子市場!