時間と空間!時間の矢!

2004年10月13日

マイバイクの変遷!

669e0925.JPG1970年、高校の授業をサボってバイクの免許を取得した。当時の実技は125CCの実用車を使用してのものだった。免許を取る前からホンダのCB90を親に買ってもらい、家の近くの山間の空き地でさんざん乗り回したので、実技は簡単、一発合格である。高校2年の秋のことだった。
当時のホンダCB90はよく走った。たった90CCのバイクだったが100Km/hくらい楽に出たものである。

当時、憧れていたものがあった。ホンダCB750である。たまに我がCB90と行き交うことがあり、こちらからピースサイン、相手も必ず返すのだが、その人・車一体の優雅な動きにシビレたものである。「いつかはクラウン」ではないが、「いつか必ず俺も乗るぞ」と誓ったものだった。
道のりはかなり遠かった。学生時代は関東だったので、バイクには殆ど乗っていない。社会人になって最初の5年は地元から離れての勤務だったので、バイクは実家に置いたままだったが、いつの間にか、もう乗らないと思ったのか、母が市役所に寄付してしまった!(笑)
そんなこんなで、バイク暦に10年のブランクができた。
28歳で地元に戻った。会社の通勤用にヤマハSR125を買った。昔のCB90に比べると排気量は上だが80Km/hを出すのがやっとの単車だった。約10年近く乗り潰し、いよいよ年収にも余裕が出てきたので、ナナハンも買えるようになったが、しばらくはヤマハビラーゴ250のアメリカンに乗った。38歳の時、ゼファー750に跨った。今やカワサキがビックバイクの代名詞である。夢を実現をしたが、ナナハンはビックバイクに非ず。1000CC以上のバイクをビックバイクと呼ぶ時代になっていた。我が人生最後(?)のバイク、カワサキGPZ1100の登場である。市販されているバイクで最も速く走れる逆車(日本が輸出したバイクを日本に逆輸入)カワサキZZR1100(最高スピード300Km/h)と同じエンジンを積んでいる。日本仕様のGPZはリミッターといって、180Km/h以上のスピードが出ると燃料供給がカットされるようにできているのだ。実際は180km/hなどは、このバイクからすれば、まだまだ加速中のスピードである。もう40歳を超えてからのビックバイクである。年甲斐もなくなどと言われそうであったが、気にせず乗った。正に17歳の夢実現である。時間があればツーリングをしていた。印象に残るロードは沢山ある。「九十九里浜ロード」「房総フラワーライン」「長野ビーナスライン」「北海道サロベツ原野」等々、挙げれば切がない。1996年の北海道、道央・道北・道東への3泊4日の強行軍ツーリングを最後に我が鉄馬を下りた。
朝靄煙る帯広を苫小牧に向けて南下中、靄の切れ間にブルー尽くめのライダーが見えた。人・車ともにブルーである。細身のかっこいいライダーに思えた。間もなくすれ違う、左手を胸の前に手刀を切るようにピースを贈った。「あっ、やられたぁー」思わず叫んでいた。そのライダーは、左手で大きく優雅に投げキッス、ヘルメットのフェイスの顔が笑っている。女性だった。
きっと人生最後の?長距離ツーリング(2000km走った)の餞をいただいたようで、何とも言えず清々しく、年甲斐もなく嬉しかった。「僕は君を忘れない、ありがとう」


kenhappy1 at 03:26│Comments(2)TrackBack(0) 郷愁 

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この記事へのコメント

1. Posted by mac   2004年10月13日 12:00
kenさん、お世話様です。
ツーリング中にすれ違うライダーと交わすピースサイン「やった、やった」あの頃が懐かしいです。またおじゃましま〜す。
2. Posted by kenhappy   2004年10月15日 10:49
ホント「やった、やった」でした!(笑)
10年前まではツーリングばかりやっていました。
2月に300kmくらい走ったこともあります。
好きでないとできませんね!

こちらはボードはやりませんが、なかなか和の調和のよいボードでハッピーですね!

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