e0116c33.jpg23歳のときにアマチュア無線の資格を取得した。
トンツー=モールスに興味を持ったからだ。日本の巨大通信会社関連に就職したのだが、そのとき出会った上司がこれをやっていたのだ。戦中はもちろん戦後しばらくは、通信手段としてトンツーは活躍を続けた。戦後派の我々の世代はトンツーを音で覚えたものであるが(もちろん仕事では最早使われてはいない)、上司が過去に仕事でやっていた通信は有線である。電鍵の接点が付いたり離れたりする、それこそトン、ツーあるいはカツ、カツーというような生の電鍵の音で読み取るのだ。こちらは、スピーカーから出るピーピピーというような音の区別で覚えた。モールス信号は同じでも、聞き取る耳はまったく違うのである。昔の電報はすべてこのトンツーでのやり取りだったが、今の我々では仕事にならなかったに違いない。カツ、カツという響きだけでは聞き取れないからだ。

23歳から30歳(パソコンがこの世に出現するまで)まで、毎日ヘッドホンをかぶってトンツーの音を子守唄代わりに聞き入っていたものだ。
毎日が電波での世界旅行である。当時は冷戦時代であったが、東側も無線に関しては大変盛んで、大抵の国々と交信している。日本を嫌う無線家もけっこういた。CQ CQ NO JAとCQを出す者も多かった。そもそもCQとは誰でも良いから応答願いますの意味である。NO JAには正直頭にきたものである。
ソ連は大国ではあったが、電源事情が悪く、トンツーの音がピゃーピャーピャーと飛んだり跳ねたりするのだ。ある意味面白い国だった。
日本は総じて世界の無線家からは嫌われていたといってもよかろう。それはあまりにも無線家の数が多かったからである。それも90%は電話級といって、言葉で話す無線である。世界標準はトンツーができて初めて無線家と言えたからだ。無線家ならぬ無線家が山ほどいたので嫌われた。
だから前述のNO JAとなることが多いのだが、それ自体は大変失礼なことなのだ。
表題は「ハングリー精神」、何がそうなの?前置きが長くなったが、それは、無線を始めた頃は、10Wの出力でがんばっていた。アンテナはアパート住まいで、屋根に高く上げるわけにも行かず、ベランダから出しただけのバーチカル(垂直に伸ばした1本の金属の棒)であった。その貧弱な設備で世界の国々の微弱な電波を傍受して、交信をするのである。並大抵の集中力ではないのだ。トンツーは単純な音の集積なので、僅かな響きであっても聞き取ることができる。それが幸いし10Wで100ヶ国以上と交信することができたのだ。これはけっこうな快挙なのだ。と自分では自負している。
アワードといって、交信で一定の規定をクリアすると賞状がいただけるのだが、かなりの数のアワードをいただいた。
中でも世界的に最も権威のある「DXCC」アワードをCW(トンツー)で3年で成し遂げたことは今でも誇りに思っている。世界の100ヶ国以上と交信し交信証を交換しなければならない。無線設備を勘案すれば3年でのクリアはとても難しいといって過言ではない。
コールサインは、JR7KNDである。
貧弱な無線設備で大物を仕留める、ハングリー精神があったからできたことである。