c0780c56.jpg17年前、子供のいない我々夫婦は雄のビーグルを家族の一員とした。ron(ロン)と名付けた。とても凛々しいクロ、シロとタンの代表的なビーグルの毛色だった。1ヶ月も経たないうちに1匹では可哀想と雌のビーグルを求めにronを生み出した同じブリーダーを訪ねた。売れ残りが1匹だけあるとのこと。なるほど、ずんぐりとしており、ずしっと重く色は尻尾の先がシロを除けばほとんどクロに近かった。ブスだが私には愛らしく見えた。さっそく頂いて来る。happy(ハピー)と名付けた。

最初はゲージに入れておいたが、一緒にいれたダンボールの上に乗っかってすぐに脱走してしまう。快活な子だった。数週間、脱走犬の面倒をみるために私が同じ部屋に寝る嵌めになった。
ronは2ヶ月年上で、幼犬の2ヶ月違いは差が大きい。体も倍違っていた。
happyの快活さは半端ではない。ronが階段を上れないでいるときに、スイスイと上ってしまう。ronは階段の下で恨めしそうによく眺めていた。
6ヶ月が過ぎたころには、もう2匹とも大人の体形である。
今住んでいる団地ができたばかりの頃である。春には山菜が豊富に採れた山間の団地で、犬の運動会には事欠かなかった。曲がりなりにも猟犬である。野っパラを垂れ耳をはためかせて駆け巡り、獲物を追いかける。遠くで見ていると獲物を追い詰め、獲物は垂直の木に3メーターほど登った。よっぽど追い詰められたのだろう。近寄ってみると、それは猫だった。ドジな猟犬である。
よく家内とron、happyとで「かくれんぼ」をしたものである。リードなしで自由に飛び跳ねていたころである。2匹が好きに飛び跳ねているときに、こちらは物陰に実を潜める。そうすると、どこ行ったと一生懸命に探すのである。人間の何万倍の嗅覚の持ち主である。すぐに見つかってしまうのだが、楽しいひと時だった。
ronとhappyは夫婦であるが、対等ではない。happyは女王様で、ronはじっと我慢のお目付け役みたいな関係だった。外で怪しげな動きがあるようなときは、まずronが真っ先に番犬の勤めを果たすかのよう庭に飛び出して行く。happyはronが安全を確認してから後ろからついて行くのである。happyはちゃっかり者である。何をするにもronはhappyの後である。おやつをいただくのも我々の愛情を受けるのも、じっとhappyの後ろで我慢して待っていた。ronは決して弱くはないのだが、happy
には寛容だった。
ronは我々といるときでもプライドを捨てきれず我を主張するところがあった。happyはちゃっかり者、可愛がられ方を知っているのである。
ronは我々が出かけ留守番をするときは2階のバルコニーから、何時間でも我々の帰りを待っている犬だった。happyはronがいるので我関せずと寝て待つような、面白い犬だった。
それでいて、我々が帰ってくると真っ先に出迎えるのがhappyである。何かにつけ要領が良いのである。
ronは12歳で、この世を去った。最後までhappyの後ろで我慢している意地らしい犬だったが、他の犬に対しては威厳があり、こちらから吼えることなど一度もなかった。
ronが亡くなってhappyは伴侶を失い、すっかり心身症になってしまった。
暗いところへ行きたがり、そこにごろっと横たわったまま動かなくなってしまう。そんなことがしばらく続いた。
もうダメかとも思った。しかし日数が解決してくれた。犬も人間も同じことである。
happyはronの死後、すっかり甘えん坊の犬になってしまった。これまでは我々がいなくともronがいたので、安心して寝て待てたのが、悲しく鳴いて留守番ができなくなってしまった。それ以来、私か家内のどちらかが家にいることになった。手間のかかる犬になってしまったのだ。もともと1匹で育てたら、このような犬だったのかもしれない。
ronの子供も13匹産んだ。犬舎号は「kenhappy」である。13匹の子供には血統書にすべて「kenhappy」がついている。「ken of kenhappy」のように。通常は産まれた順番にAから名付けなければならないのだが、皮肉れものの私はKから名付けたのである。2度目はJから名付けた。それでも問題はおきなかった。
happyは17年頑張った。何も言うことはない。ただただこれまで有り難う、である。前にも書いたが、我々夫婦の諍いの種をいくつ食べてくれたかわからない。子は鎹、犬も鎹である。
ronのお骨は家にある。やっとhappyと一緒になれる。懇ろに葬ってやりたい。
ronとhappyから学んだことは、人間のもっている心のすべてを犬ももっているということである。そして老いること。人間の縮図を見たのである。
自分がどうなるか、それをまざまざと知ったということである。
家内の懐で看取られたhappyは幸せである。我々夫婦を看取る人間は間違いなく他人となる。
それで良いのだが、いつの日か寝て目覚めなかった、というのが望みである。