<昭和40年代、1970年代の仙台駅>
理香は健介よりも三つ年上の快活そうでいてどこか翳のある女だった。胸は薄かったが、すらりと伸びたカモシカのような足と、しっかりとした腰は、女盛りを現すのに十分だった。目鼻立ちはハッキリとしており、ふとその円らな瞳を見つめた者たちの心に長く印象を残すような、そんな個性的な美しさを持っていた。
当たり前の女が自分の十代を振り返るときに感じる或る種の快さは理香にはなかった。
青春という言葉が有する数々の情感の中の唯一つの希望さえも。
父親の放蕩が彼女の青春を奪ったのだ。それ故に、理香にとっては父親に代表される男というものが憎らしかった。
そんな父親の常ではあるが、理香は末っ子にもかかわらず父親からは完全に無視されて育てられたのだった。
憎い父親に献身的に尽くす母親に対しても或る種の嫌悪を抱いていた。
微塵も親の援助を受けることがなかった理香の思い出といえば、唯々働いてきたことだけだった。
恋する暇もなく彼女の青春は過ぎて行ったのである。
彼女は暖かな愛を欲していた。
「久しぶりだから恥ずかしいわ」
急に立ち止まって健介の顔を流し目で見ながら、自分のウエストに回してある彼の左手を身体を捩りながらするりと抜いて理香が言った。
「いいじゃないか、恥ずかしいことなんかないよ」
不服そうに外された腕をまた抱き返すようにして真面目顔で健介が言った。
「あなたはいいかもしれないけど、私は恥ずかしいの、いつも自分の思う通りを私に押し付けるのね、あなたは」
冷ややかな目つきで健介を睨みつけながら怒ったように理香が言った。
「わかったよ、理香は怒ると怖いなぁ、じゃぁ、手を繋いで行こう」
健介は諦めたように理香に微笑んで彼女の手を取って歩き始めた。
再開の喜びとは裏腹に、街を呑み尽くすかのような黒い雲が巷を覆い、健介の心に一抹の翳を投げ掛けていた。
夏には相応しくない早めの夕暮れがやって来たように健介には思えた。
「食事まだなんだろう、チーズサロンに行って食べようか?」
健介は急に空腹を覚えて、思い出したように行き付けのレストランの名をあげた。
「うん、いいわよ、食べる前に乾杯しようね、久しぶりだから」
喜びを称えている健介の表情とは裏腹に、やや冷めた感じで理香が言った。
街の混雑は時間的なピークに達していた。
健介は忙しく足を運ぶ人々を目で追いながら取り留めのないことを考えた。
<俺は、ここを行き交う人々とは異質な存在なんだな。恐らく彼らの仕事の辛さや緊張感なんてものは俺には判らないだろう。それから解き放されて家路に着こうとしている、この今の解放感も。そんなことを知り得ない俺は、やっぱりまだガキなんだろうか?あぁ、早く働きたいな、いやよそう、これが学生の特権なのだから。>
「ただいま〜、理香に会えると思うと昨日はなかなか寝付かれなかったよ」
健介は落ち着いたムードのスイス風レストラン「チーズサロン」の二人掛けテーブルで理香を見つめながら改めて帰省の挨拶をした。
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今日はここまでにします!