江戸時代までは所謂LGBTQには寛容だったと思われます!
武田信玄のように衆道(男色)の証拠としてラブレターが残っている武将もいます。
戦国の世では戦いに明け暮れ、女性がいなかったことから衆道(男色)は珍しくはなかったようです。

しかし、こういう問題は、敢えて他人に話すことでもないし、それを知ったとしても積極的に差別するようなこともないような気がしています。

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LGBTQの意味は、

L=Lesbian=女性同性愛者
G=Gay=男性同性愛者
B=Bisexual=両性愛者
T=Transgender=心と体の性が異なる人
Q=Queer(クイア)/Questioning(クエスチョニング)=自分の性自認あるいは性的嗜好がどれにも当て嵌まらない人、どれなのか決められない人

簡単に言うとこのような内容になります。

もし自分の周りにそういう人たちがいたら、特に自分は仲間には入らないし、積極的に接触しようとも思いません。
しかし、そうしたからといって、差別をしているということとは全く違う問題です。

敢えて、差別をしてはいけないということで法制化すべき問題でもないような気がします。
LGBTQに当て嵌る人がいて、その人たちが自由意思でそうあるのであれば、何ら問題がある訳ではありません。
一緒に暮らしたければ同棲すれば良いことで、敢えて結婚という制度を当て嵌めることもないのではないかと思うのです。
積極的に肯定はしませんが、結婚を法的に認めても良いとは思います。
子供は養子でも持てますが、子供が成長したときにしっかりと自分たちの関係を子供に説明し納得させられる自信があるなら子供を持っても良いでしょう。

やってはならないことがあります。
それはTやQの人々の性自認を認めることです。
肉体は男性であるにも拘わらず、自分は女性の心を持っているので女性風呂や女性トイレに入れる、というようなバカげたことが起ってしまうでしょう!
日本の文化の破壊に繋がってしまいます!
性自認を法制化して認めるということは、こういうことが起こってしまうということなのです。

LGBTQの人々がいても、それはそれぞれの人の性嗜好の問題であって、だれもそれを揶揄することは出来ません。
自由な選択があって良いのです!
それを法制化しなければ、LGBTQの人々が自分がどういう性嗜好をもっているかを発表できないというものでもないでしょう!
公にしたければそうすれば良いことです。
表立っては誰も何も言わないでしょう!
それが日本人というものです。
人間ですから陰では「誰々はLGBTQの何々だそうよ」と話が弾むかもしれませんが、それは差別とは全く違うものです。
面と向かって言っている訳ではないのですから!
そういう意味で、法制化することはない、と私は思います。
同性婚を認めるための法制化は良いでしょう。
その意味は、どうしても結婚して子供を養子とし、育てたいという人にとっては必要な制度だからです!

LGBの人々は敢えてそれを公にしたいのでしょうか?
結婚まで考えているのならそれもありでしょうが、一般的なLGBの人々がその性嗜好を公にしたいと思っているとは思えません。

TQの人々を完全に法制化して認めることは、文化の破壊になってしまうので容認できません。
男性の体を持ち、心は女性であることはノーマルではなくても現実に存在し、殆どの人は、女性ホルモンを接種して、肉体的には女性の人が殆どです。
しかし、法制化しなければ、その性嗜好のまま、何の問題もなく生活して行けます。
公衆浴場の女性風呂に男性器を付けたまま入ろうとする人はいないでしょう!
しかし、法制化するということは、それが現実に発生しても可笑しくないということです!

そういう意味で性自認を法制化して認めることには断じて反対です!