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2022年06月30日

小椋佳2007年コンサート〜未熟の晩鐘〜

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小椋佳の2007年コンサート〜未熟の晩鐘〜をyoutubeで視聴しました。
63歳の頃のコンサートです。
何とか声は出ていますが、往年の輝きは失っています。

私もシンガーソングライターの真似事を1966年から2000年初頭くらいまでやっていました。
あくまでも趣味の領域です。
精神的に最も影響を受けたのは、小椋佳さんなのです!
シンガーソングライターの切っ掛けは、若大将、加山雄三です。

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若大将には、幼いころから憧れを抱いていました。
好きでたまらないキャラクターでした。

小椋佳の歌に出会ったのは、17歳の夏休み、予備校で行われた夏期講習の帰りに入った喫茶店でのバックグランドミュージックでした。
1971年7月のことです。
聴いたのはきっとアルバム「青春〜砂漠の少年〜」だったと思います。
これまでに経験したことのないナイーブな歌声で、心を捉えて離さない魅力を感じました。
喫茶店のマスターに頼んでレコードジャケットを見せていただきました。
しかし、小椋佳その人の顔はどこにもありません。

歌声を聴くたびに、線の細い厳つい顔を想い起してしまいます!

1972年3月発売のアルバム「彷徨」を手にします。
大学時代はこのLPばかり聴いていました!
後にも先にも、このアルバムほど素晴らしいものはないと自負しています。

今でも小椋佳を聴くときは、「青春〜砂漠の少年〜」か「彷徨」が殆どです。
その他にもLPはあります。
「ほんの二つで死んでいく」、「帰っちゃおうかな」、「夢追い人」等々。

しかし、やはり聴くのは30代に歌った楽曲なのです。

1976年にNHKホールで初めての、本人としては1回だけのコンサートを催しました。
「遠ざかる風景」としてアルバムになっています。
小椋佳32歳の時のコンサートなので、まだまだ歌声は「彷徨」や「砂漠の少年」と変わらない憂い、切なさを内在した独特の歌声が生きています。

2007年の「未熟の晩鐘」コンサートは、既に若かりし頃の歌声の輝きは失われています。
私が小椋佳に求めるものは、歌声の切なさから生まれる、独特の哲学で、森羅万象に連なる道しるべです!

その歌声が年とともに枯れて行きます。
2007年では輝きが失われ、2014年生前葬100曲コンサートでは、最早、歌声は小椋佳ではない!
思わず、これまで有難うございました。どうか心安らかにお眠り下さい。
謹んで哀悼の意を表します。
と言ってしまいそうな正に生前葬コンサートでした。

本当は、これで歌締めにして欲しかった。
そうすればシンガーソングライターとしての美学がそこに生まれ、伝説となったのではないかと思います。

ところが、というか?残念ながら、というか、歌締めにはなりませんでした。
この2022年に、「ファイナルコンサートツアー<余生、もういいかい>」なる表題のコンサートを敢行しています。

最早歌は嘗ての小椋佳ではありません。
少なくても私は聴くに堪えなくなってしまうのです。

加山雄三ならば、声が出なくても「がんばれ 若大将」と言えるのです。
求めるものが小椋佳と加山雄三では私の中ではまるで違うからです。

もうだいぶ前ことですが、小椋佳と吉永小百合が共演して、小椋が吉永に歌を贈る場面がありました。
吉永小百合は年老いてもその輝きはまったく衰えず、それに対して小椋佳の見るに堪えない肉体の衰えばかりが目立つ番組になってしまいました。

それが今の小椋佳を象徴しているように思います。

このファイナルの余生コンサートで本当に最後になるのだろうと思います。
ちょっと遅かったように思います。

酷なようですが、私の中では「彷徨」の中で小椋佳は永遠に生き続けているのです!

kenhappy1 at 01:34│Comments(0)

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