フジコ・ヘミングさんが2024年4月21日に膵臓癌でこの世を去ってもう2年になります。
92歳までご存命で、90歳を過ぎてもコンサートを開催し、不遇な時期が長く、60代半ばからブレイクしたピアニストで、幾多のピアニストの中でも最も高齢まで、ピアノを弾いて下さった稀有なピアニストでした。その人生は波乱に満ちたものだったことは間違いがありません。

クラシックの中でもピアノ曲が好きな私は、日常的にピアノが聴きたくなったときに、まず思いつくのはフジコ・ヘミングでした。
幼い時にピアノを最初に聴いたのはアルトゥール・ルービンシュタインで、彼もまた95歳まで生存しましたが、最後のコンサートは89歳のときでしたので、そういう意味でフジコ・ヘミングは91歳のときまで、黄泉に旅立つ1年前までコンサートで聴衆を感動させました。最も高齢までピアノの音色を聴衆に届けた稀有なピアニストでした。
どこかルービンシュタインと似ているところがあると感じるのも自然なことでしょう。
今日もフジコ・ヘミングを聴いています。
60代半ばからの活躍なので、本人は同じ曲ばかり弾いていて申し訳ない、何度もコンサートを聴きに来てくださっている方はチケットを誰かに譲ってください、とまで言っています。
コンチェルトが好きな私はフジコ・ヘミングの弾くコンチェルトはチャイコフスキーの1番しか知りません。音源を探してもないのです。
じっくり練習する時間がなかったとも言えるのではないかと思っています。
今、そのチャイコフスキーを聴いていますが、音を疎かにせず、技巧に走るよりも一音一音しっかりと聴衆に届くように一般的なスピードよりもゆったりと弾いているように私の耳には聴こえます!
聴いていてとても心が落ち着き癒されます。
ラ・カンパネラは彼女の定番ですが、チャイコフスキーも、リストも、最も難しい曲を誰の心にも響く優しい音色に替えてしまう。
ショパンの英雄ポロネーズもそんな印象を持ちます。
92歳、芸術家としての大往生と言える年齢での他界でしたが、惜しまれる巨匠でした。
花は潰えても種は再び花を咲かせる。音源は永遠に聴衆を癒して余りあります!
92歳までご存命で、90歳を過ぎてもコンサートを開催し、不遇な時期が長く、60代半ばからブレイクしたピアニストで、幾多のピアニストの中でも最も高齢まで、ピアノを弾いて下さった稀有なピアニストでした。その人生は波乱に満ちたものだったことは間違いがありません。

クラシックの中でもピアノ曲が好きな私は、日常的にピアノが聴きたくなったときに、まず思いつくのはフジコ・ヘミングでした。
幼い時にピアノを最初に聴いたのはアルトゥール・ルービンシュタインで、彼もまた95歳まで生存しましたが、最後のコンサートは89歳のときでしたので、そういう意味でフジコ・ヘミングは91歳のときまで、黄泉に旅立つ1年前までコンサートで聴衆を感動させました。最も高齢までピアノの音色を聴衆に届けた稀有なピアニストでした。
どこかルービンシュタインと似ているところがあると感じるのも自然なことでしょう。
今日もフジコ・ヘミングを聴いています。
60代半ばからの活躍なので、本人は同じ曲ばかり弾いていて申し訳ない、何度もコンサートを聴きに来てくださっている方はチケットを誰かに譲ってください、とまで言っています。
コンチェルトが好きな私はフジコ・ヘミングの弾くコンチェルトはチャイコフスキーの1番しか知りません。音源を探してもないのです。
じっくり練習する時間がなかったとも言えるのではないかと思っています。
今、そのチャイコフスキーを聴いていますが、音を疎かにせず、技巧に走るよりも一音一音しっかりと聴衆に届くように一般的なスピードよりもゆったりと弾いているように私の耳には聴こえます!
聴いていてとても心が落ち着き癒されます。
ラ・カンパネラは彼女の定番ですが、チャイコフスキーも、リストも、最も難しい曲を誰の心にも響く優しい音色に替えてしまう。
ショパンの英雄ポロネーズもそんな印象を持ちます。
92歳、芸術家としての大往生と言える年齢での他界でしたが、惜しまれる巨匠でした。
花は潰えても種は再び花を咲かせる。音源は永遠に聴衆を癒して余りあります!