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<昭和40年代後半、1970年代の仙台駅>

 掃き出し窓の向こうに、昨日からの暗く重い雨だれを受けて、妖艶な美しさを尚いっそう輝かせて、心を誘惑するように魅せている紫陽花を眺めることができる自宅の応接間で、健介は心の蟠りを吹き飛ばすかのように、自作の楽曲をピアノの弾き語りで歌っていた。

 誰かが俺を嘲笑(笑って)いる
 お前はなんて弱虫なんだと
 言っているかのように
 泣くのはよしな惨めだから
 笑ってごらん楽しくなるさ
 笑えるものならそうしているさ
 この未来なき恋がなかったならば

 俺は自分を貶してやりたい
 お前はロマンティスト過ぎるんだ
 もっと自由に振る舞え
 だからお前は泣いている 
 だからお前は笑えない
 そうさだからこの未来なき恋が
 お前を苦しめるんだ

 今のお前なんか死んでしまえばそれでいい  
 未来の自分に生きるんだ
 愛も友も忘れてしまえ
 この未来なき恋といっしょに  
 今の自分を捨てるんだ  
 お前はそれでもいいはずだ
 愛する詩(うた)があるのだから

 <理香はいったいどうしたんだろう?>
 健介はピアノを離れ、その直ぐ傍にあるソファーに腰を下ろし、煙草に火を付けながら理香のことをあれこれと思い遣った。
 昨日はあの愛の行為の後になにも話さずに終わってしまったのだ。
 その日の最後の会話はこうだった。
 
 「今日はこのまま帰って欲しいの」
 悲しそうに理香が言った。
 「帰れってまだなにも話してないじゃないか?理香も話があったんだろう」
 「いいから帰って欲しいの、今日は何も考えたくないのよ、駄々を捏ねないで、お願い」
 話の本筋はこれからだと息巻いている健介を尻目に理香の意志は固かった。
 「じゃぁ、話はいつ聞いてくれるの?」
 仕方なく健介が言った。
 「明日の同じ時間にレモンで待っていて、その頃に行くわ」
 理香は行き付けの喫茶店の名を挙げた。
 今夜は諦めたように頷いている健介を見て、理香は安堵した。
 こうして健介は理香のアパートを去ったのだった。

 <理香は本当に俺のこと愛しているんだろうか?愛していないはずはないな、でなかったら身を委ねることなんかないだろう、でもいつもは理香との行為の後には愛の確信を得るような気がしたのに、昨日はなにかがおかしかった、理香には行為の後の安らぎがなかったように思う、どこか冷めていた、そんな理香を見ていたらこっちまで気が重くなってしまった、なにが理香をそうさせたのだろう...、考えるのは止そう、今日会って話せばはっきりするさ。>
 日差しの代わりに雨だれを受けて喜んでいるような紫陽花を窓越しに見つめながら、健介はソファーから立ち上がって、またピアノの椅子に腰かけ鍵盤に指を走らせた。
 流れるような ”乙女の祈り” の旋律が健介の雑念を払拭して行く。
 彼は芸術をこよなく愛していた。そんな人間特有のピュアでロマンティストで傷つきやすいガラスのような心も持ち合わせていた。
 彼は何事にも自分の城を築こうと努めていた。
 自分で悩み考えながら自分の納得の行く一つの形を作り上げるのだ。
 それは人間の持つ自然的必然、当為、いわゆるゾルレンを切り捨てるところから始まっている。
 恋愛においてもそうだった。
 男の本質を総べて曝け出すところから彼の恋愛は始まっているのだ。
 女を得ようとするときの男の愚かさに嫌悪を感じていたのである。
 彼には女に接するときの演技は一つもなかった。自分の長所も短所もありのままに曝け出すだけなのだ。
 彼はそうすることで他の男と自分とは明らかに違うということを理香に印象付けたかった。
 彼は思わしくないと自分が感じている、男が有する総べての本質、いわゆる自然的必然、当為、即ちゾルレンを排除した。  
 その代表的なものが虚栄心だった。彼はこれを一切捨てて理香と接したのだ。また理香に対しても同じように振る舞うことを強要した。
 そんな彼を理香は好ましいものとして、なんの抵抗もなく受け入れた。
 故に彼は、自分の愛し方について来てくれた理香に対してなんの不安も抱いていなかった。
 自分の感情に偽りなく総べてを曝け出す、これが彼の純粋な生き方だった。
 彼は今のこの恋愛が自分の生き方の証だと信じていた。
 彼には人間の持つ自然的必然、当為、いわゆるゾルレンを曝け出して生きるのが寧ろ自然であり、生身の人間の常であり、それが逆に温かみを持つ人間としての証であるということに気づいていなかった。

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今夜はここまでにします!