今、「生きている」その日に感じた心を綴ろう!

カテゴリーに囚われることなく、その日に感じた素直な心を語りましょう!

振り返る歳の数!

4739c817.JPG40数年を振り返っても、まだ幼き日々は我が記憶にある。今が50代故のことである。40代では30数年、20代では10数年、当たり前のことである。
違っているのは当然のことながら生きた時代だ。
40数年前には殆どのハイテクはなかった。テレビ、ラジオ、あったのはそんなものである。家庭には電気冷蔵庫も電気洗濯機もない時代だった。

幼き日のありふれた1日。
カランコロン、カランコロンと団子売りが鐘を鳴らし、リヤカーを引いて売りにくる。
カーン、カーン、カーンと拍子木を叩きながら紙芝居が到来を告げる。
長閑そのものである。この優雅さを知らずに育った世代の上限は平均余命のほぼ半分の年齢、40代前半までである。
その年代は、町に自転車でやって来る紙芝居などきっと経験したことはない。
だからどうなのか?
幼き日の長閑な日々は、心の中に優しい憧憬ともいうべきフィールドを築き心の豊かさを齎す。それは芸術の発露を促すのだ。

カーンカーンカーンカーン
乾いた拍子木の音が
町内に響き渡る

5円玉を握り締めて
家々の小さな隙間に陣取った
紙芝居屋の自転車の前に来る

もう先客が何人か来ている
待ち遠しい時間とともに
10人程度のガキどもが集まった

何でできているかは判らない
パリパリとした
手のひらよりも大きな薄い煎餅に
とろろ昆布をサンドして
ソースをふったもの
赤紫蘇色の梅ペーストをサンドしたもの
そして水飴

思い思いの食べ物を
5円でいただく
ウキウキした瞬間

いよいよ紙芝居が始まる

今日は月光仮面
颯爽とバイクに跨った
白頭巾にサングラスの
ヒーローが悪を小気味良く
叩いて行く様を
声高らかに
迫力あるダミ声が導いて行く

思わず引き込まれ身を乗り出す
純な幼さが懐かしい

娯楽の少ない時代に
紙芝居はシアターだった

拍子木の音はもう聞こえない
しかし
思い出の拍子木は
心の中で
いつまでも止むことはない

自然が消えて行く!

3a02d1b8.jpgプロフィールの趣味に書かなかったが、釣りも大変好きである。行きたくなったときには1人でも泊りがけで出掛けたものだ。
私の釣りの原点は父とのハゼ釣りである。幼き日の長閑な情景として心に焼き付いている。
幼き頃の住まいから、そう遠くないところに海があり、干潟があった。干潮時は完全に海水が引いてしまい、カニやゴカイなどが蠢いていた。その子ガニやゴカイを捕ってハゼ釣りの餌とした。

引き潮から満ち潮に動くときが釣り時となる。陸地となっていた干潟が時間とともに海水に満たされて行く。
3本繋ぎの2間半の竹ざおにテグスと錘、ハリスを付けただけのシンプルな仕掛けである。それに干潟で捕ったゴカイや子ガニを付けて底釣りする。グググゥといっきに竿を絞る手ごたえ。堪らない感触である。力任せに竿を上げると20Cmくらいのダボハゼが勢いよくあがってくる。
40年以上前、遠い日の幼き夢の情景である。
今はと言えば・・・・!夢の干潟はもう影も形もない。
外海から数百メーターしか離れていない、古の干潟には、新興住宅が甍を並べている。私には奇異に思えてならない。いくら狭い日本とはいえ、地盤の弱い干潟を埋め立てて家を作ることはあるまいに!寄せては返す波のように、干満の潮の織り成す造形美をいつまでも愛で、そしてそこに遊べるなら今生の幸せである。時として人間はどうしようもない過ちを経済効果のもとに正当化し実行してしまう。恐ろしいことである。
40年前の幼き夢の情景は2度と帰らない!
「バカヤロウ..........!」

双子のパラドックス!

f6f884f7.jpg双子のパラドックスという言葉を聞いたことがあるだろうか?もし光と同じ速度で宇宙を旅することができたなら?誰もが一度は夢として思うことかもしれない。しかし、現実の世界として、もし光速で本当に旅することができたなら、大変なことになる。

時間のローレンツ収縮というのだが、もし、ここに双子がいて、その一人だけが光速の宇宙船に乗って壮大な宇宙の旅に出たとしよう。25年もすれば銀河系の中心部まで行くことができる。実際は、中心部までの半分の距離で減速を開始しないと中心部て停止することはできない。この場合は、ただ通過することになる。仮に往復50年で地球に帰ってきたとしよう。その時は地球で待っているはずの双子の兄弟の一人は、この世にいないし、地球があるかどうかも定かではない。たった50年が地球の時間では途方もない時間が経過している。何年が経過した、ということまで計算で出すことができる。これはSFでも夢物語でもない。学問的に立証されていることである。その根本にはアインシュタインの相対性理論がある。もっとも現在、光速で動くことのできるものはないし、光速を超えることもできない。そういう意味では夢物語かもしれない。
人間が作り出したもので最も速く動き続けているのはボイジャー宇宙船である。現在は太陽系の外に出ようとしている。木星の衛星イオの火山を発見したり、外惑星には総じて環があることを発見したりとその功績は大である。秒速30Kmで広大な宇宙を現在も旅している。
双子のパラドックスの光速宇宙船に乗る片割れは、夢の世界の若さ溢れる自分で、それを客観的に見ている、もう一人の自分は、それを欲する歳老いた現実の自分である。

技術革新!

パソコン関連製品以外は、あまり物を買っていないが、最近これまで使用していたステレオコンポ、シェイバーがどちらも15年くらい使っていてガタがきたので買い替えた。15年前の製品に比べて、技術革新の素晴らしさには驚く。シェイバーの剃り味はあくまでも優しく、それでいて切れ味は鋭く、手入れは水洗いでいとも簡単ときています。剃るときのタッチがまったく違うのです。機関車

ステレオはミニコンポ、小さく凝縮されてはいますが音は凝縮されてはおらず音質は落ちていません。
メーカーの努力が目に見えます。
当たり前といえば当たり前のことかもしれません。15年を経ていて、前と同じならとっくに倒産していることでしょう!
車も最近替えました。2500ccの大型車に乗っていたのですが、絶対値では約半分の動力性能の小型車に替えたのです。しかし、半分の能力と感じたことは1度もありません。2000ccにもまけない加速力です。CVTという無段変速機が開発されて、どの速度域からでも加速がききます。乗り味がこれまでの車の概念とはまったく違うのです。
技術革新の凄さには驚かされます。
さて、私はこの15年でどれだけの変革ができたのか?
とてもとても電化製品や自動車には適わないな!と思います!(笑)人間を変革するということは並大抵のことではダメですね。そこには物にはないプライドがあるからです。それが邪魔して変革を素直に受け入れられない悲しさを持っています。この自我と共存して何とか生きて行かなければなりません。難儀なことです!

図書館!

79e612cc.jpgたまにではあるが、県図書館に行く。車で15分程度のところにあるのだ。レストラン付の大変大きな、また環境の良い、きれいな建物である。1階はビデオ、CD、レコードが置いてあり、それらを鑑賞できる機材完備の完全に閉じてはいないが2人掛けのボックスが並んでいる。そのボックスにいつも目をやるのだが、殆どがシニアの方々である。

デイサービス紛いになるが、図書館が本来の目的以外に貢献しているように見えて、何となく面白い現象に思える。この方々の安らかな居場所がきっと家にはないのだろうな、と想像してしまうのである。積極的に邪魔にしているわけではないと思うが、シニアの方が、きっと気を使って家を空け、この図書館で時間をつぶしているように思えてならないのだ。
冷暖房完備、水も飲めるし、食事はレストランを使えば、閉館までいても困らない。置いてあるビデオやCDは、シニアが懐かしく見たり聴いたりできる、例えば一昔前の時代劇であったり、美空ひばりのCDであったりするのだ。高齢化社会が図書館にも反映している。
因みにCD、レコードで一番多いのはクラシックである。
私は、クラシックのCDを借りてくる。2枚まで3週間は借りられる。本は5冊までである。クラシックは殆どそろっている。これはありがたいことだ。10代からクラシックが好きで、18歳くらいまで小遣いを貯めてレコードを買ったものである。かなりの枚数を持っているが、当時このような図書館とパソコンがあったなら、レコードを買うことなど必要なかったのに!(笑)今の若者は恵まれているなぁ、と本当はしてはいけないことを前提にして思った。
何のことはない、CD−Rに焼けば良いのである。あくまで自分が楽しむためのものであるとの条件がつく。
今のCDではないので、コピー防止機能は皆無である。いわば録り放題ということになる。
現在のパソコンはストレージ、大容量時代である。私の自宅のパソコンには4台合計400GBのハードディスクがある。ドライブはDVD+-R、RW、+R2層書込み対応、+-R×8倍速である。2時間の映画をDVDメディアに焼くのに7分程度である。某衛星放送の映画専門チャンネルを契約しているので、映画は毎日見ることができるし、ハードディスク録画してDVD化も容易である。たちまち個人のDVD映画コレクションができてしまう。DVDメディアは、通常の量販店で買うとまだまだ高く、4倍速(2時間の映画を焼くのに15分くらいかかる)10枚セットで1500〜2000円くらいである。2層対応(4時間の映画を焼ける)は1枚で1300円以上する。しかし、秋葉原直結店で買うと8倍速対応で相場によるが、1枚60〜90円で買えるのである。使用したが品質はまったく問題なかった。
このメディアを使って、映画をDVD化している。
今日はリサイクルショップに行ってみた。DVDも売っていた。私がDVD化したものが結構あったが、2000円から3000円だった。
CDにしろDVDにしろ、アーティストは大変だな、とつくづく思った。この思いは自分がやっていることと矛盾する。どうかお許しを!!

歌声喫茶 & カラオケ

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カラオケで初めて歌ったのはいつのことだろう。社会人になって1年後くらいだったと思う。昭和52年頃か?当然、今のような通信カラオケではない。テープである。出現してすぐに爆発的に流行り始めた。私の社会人最初の赴任地は北の盛岡で、当時の夜の酒場では、毎日カラオケ大会が行われていた。社会人になりたてであったが、よく歌いに(飲みに)行った。大会に参加し、入選すると必ずボトルが賞品としてついていたからである。あっちの店、こっちの店とボトルを調達し、低予算で飲むことがしばしばだった。18番は「積木の部屋」である。確か1970年の布施明の楽曲である。流行った頃は、まだ私は高校生であったが社会人になってから歌うようになった。布施の曲は好きである。音域が私に合っている。「霧の摩周湖」「恋」「シクラメンのかおり」等々。
当然、カラオケの普及とともに「歌声喫茶」や「ライブハウス」は廃れて行く。「歌声喫茶」には、ひどく通った。

「歌声喫茶」この懐かしい響きの4文字熟語を皆さんはご存知だろうか?カラオケがまだ世にでていない昭和45年から50年頃まで隆盛を極めた、正に歌を歌うための喫茶店(夜は酒も飲めたのでスナックに近いか?)である。生のアコーディオンにリズムボックスが「歌声喫茶」のシンボルで伴奏手段である。そこで歌われる歌は流行歌ではない。ロシア民謡であり、反戦歌であり、地域に密着した歌であり、また永く歌い継がれてきた歌である。フォークソングもレパートリーとなり得た。私が「歌声喫茶」に通い始めたのは、高校3年生の時である。当時、小椋佳の精神世界に深く傾倒していた私の18番は、「潮騒の詩」や「さらば青春」等の小椋佳メドレーであった。勿論「ロシア民謡」や「シャンソン」も歌ったし、「琵琶湖周航の唄」や「知床旅情」もまだ流行る前からよく歌っていた。
仙台の有名な「歌声喫茶」は「若人」と言った。「青葉城恋歌」でみなさんご存知の「さとう宗幸」が歌声のリーダーをしていた。
東京には、新宿に「ともしび」が、京都には、四条に「炎」があった。学生時代にギターを持って「歌声喫茶」巡りをしたことがある。オリジナルソングを歌わせていただいた。もう30年以上前の話である。今もネットから詩をいただいて作曲をするが、この当時の感性をそのまま持ち続けている。化石みたいなもので良いのか悪いのか私には分からない。

似て非なるもの、呪縛、洗脳?

1a52c6eb.jpg似て非なるものに頭を悩ましている。
悩ましているというよりも腹を立てていると言った方がよいかもしれない。
それも2年連続である。
他人に言えば、そんなことで腹を立ててるの、と斬って捨てられそうで、まだ誰にもこの思いは話してはいない。
昨年は、1600年の関が原の戦いが終わったばかりの動乱の世の剣豪の物語、今年は江戸末期、幕末から明治にかけての動乱の世に命を燃やした下級武士集団の物語についての考察である。

NHK大河ドラマの話である。
「小説と映画」でも述べたが、原作を読み知ってから見る映像に物足りなさを感じるのはいたし方ないとしても、昨年と今年の「宮本武蔵・新撰組」を見て思うことは、原作と「似て非なるもの」ならまだ許せるが、私にはまったく別物に思えてならないのだ。
どちらの原作にも、尊厳とも言うべき際立った人格があり、一途な武士道が尊厳に重さを加重している。「宮本武蔵」は原作と「似て非なるもの」、「小説と映画」で述べた違いで良いかも知れない。しかし、とても見る気にはなれなかった。一言でいうなら重さがなく軽いのだ。あらすじはかなり違っていたが、それだけのことで腹は立たない。
「新撰組」に至っては、まったくもって軽いのである。動乱の世の命をかけて意思を貫こうとする顔ではないのだ。どう見ても今のこの世の平和ボケした10代、20代と変わらない安穏とした顔が溢れている。(今のそういう若者が悪いと言っているのではありません。悪しからず)それは現代の若者が配役を演じているからではない。良く解釈するなら、これまでの原作そのものの既成概念を打ち破ろうとする製作者の意図を感じるのだ。それが不快感を増幅させている。
なぜなら、しっかりと加重された尊厳の基の際立った人格が物語を決定していると信じているからだ。
宮本武蔵も近藤勇も土方歳三も沖田総司も原作とはまったく違う人物である。
しかし、である。これこそが呪縛や洗脳そのもであったなら、製作者の意図は歓迎すべきことかもしれないと、おかしなことを思い始めた。そこに頭を悩まし、腹を立てる真の原因があるのだろう?実際にその時代をこの目で見、肌で感じたわけではなく、実際はどうであったのかはわからないのだから。
原作者はきっちりとした取材を基に原作を書いたに相違ない。それはすんなりと私の心を捉えて離さない魅力がある。私のというより、日本人のと置き換えてもよいのではないか?「宮本武蔵も新撰組」もこれまで幾度となく映像化されており、それらは原作に添う人格を与えられしっかりと加重された主人公が生きていた。それは原作とは違和感なく、見ていて心地よいのである。
結局は、自分の意に沿わないのなら、単純に見なければよいのだ。ただそれだけのことだ。
意に沿わないときに、製作者の意図など考える必要などない。
自由な発想があっていい。

「見ないぞ、決して見ないぞ、そんなもの!」

果て!

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果てとはどういうものなのだろう!
誰もが一度は思うことではなかろうか。
見ることができるものなのか?
見ることができないから果てなのか?
単なる想像が生み出した幻想なのか?
理解できているようでわからない、無限と同じような不思議な概念である。
そんな思いを「詩」に現してみた。
ご覧あれ!

果てを見てみたい

宇宙の果て
心の果て

そもそも果てとは想念にすぎない

地球儀の上を歩くように
宇宙には果てなどない
中心も果ても
特別な場所など
一切ない世界である

有限の宇宙にあって
無限の広がりを感じさせるほど
宇宙とは計り知れない存在である
その次元に捕らえられている限り
果てを見ることはできない

心に果てはあるのか
心は生あるものの証であり
生が有限である以上
果ては存在する

しかし見ることはできない
果ては死に他ならず
自分の心の果てを
朽ち果てた屍として
第三者が見ている

物事の深淵は
見るものではなく
想うものである
想いに果てなどなく
それを超えて
深淵に落ちることなど
あり得ない

恐れず果てを追求し
果ての淵に立って
深みを覗くがいい

ロマン溢れる宇宙も
想い溢れる心も

すべて自分自信の
想念が創造した
掌の世界であることに
驚くだろう

何年経ってもオリジナル!

419ebf15.jpg何年経ってもオリジナルソングを聴くとα波で満たされる。
自分で創った曲なので、ごく自然なことである。
38年前になる。その頃、人気絶頂の若大将=加山雄三=に憧れていたが、私のシンガーソングライターの手本は彼である。その頃は「自作自演」でシンガーソングライターなるハイカラな言い方はなかった。

ネットで30曲くらい私のオリジナルソングを聴くことができる。
インディーズのために、無料で無制限のデータ領域を貸してくれるサイトが複数あるのだ。私のような者には大変有難いことである。30曲で150MBくらいにはなっていると思う。ファイル形式はMP3である。WAVEファイルの1/10くらいの容量で、それほど音質を落とさずにデータ化できる。それでも1分1MBくらいはかかる勘定だ。
お暇な方がおられたら聴いてみていただきたい!(笑)

オリジナルソング

最近は、我が家では音出しご法度になっている。近所迷惑になるので止めてくれ、との家内のたっての要望なので仕方ない、すべてはヘッドホンで済む機材で作曲をしているので、生の楽器を弾くことは殆どなくなってしまった。もはやギターも弾けないのではないかと、かなり心配している。50曲くらいある中の8割くらいはギターで作曲している。御茶ノ水から神保町に行く途中の楽器店で、12,000円で買ったギターで、今も現役(押入れに入ったまま)である。現在はDTM、コンピューターミュージックで作曲する。入力は楽譜、音符である。
最近は音符入力などする人は少なくなったのではないか?と思う。携帯できるデジタルレコーダーが安く買えるので、良いフレーズが浮かんだら時間と場所に関係なく録音しておけば良いのである。そういう意味で、誰もが作曲できる時代でもあるのだ。
昔はそんなものはないので、楽譜に残しておかないと、忘れてしまい再現ができないことになる。私は楽譜が書けたから、何年経っても作曲した当時のままで再現ができるのである。しかし原則は楽譜など書けなくとも良いのだ。重要なのは感性なのだから。
80分のCD−R2枚に40曲くらい焼いてある。
それを1ヶ月に1回くらいじっくり聴いてα波で満たすのである。
自己満足以外の何物でもないが!

2004 Sept.23 AM 2:00 愛犬happy ここに永眠! 9/23

c0780c56.jpg17年前、子供のいない我々夫婦は雄のビーグルを家族の一員とした。ron(ロン)と名付けた。とても凛々しいクロ、シロとタンの代表的なビーグルの毛色だった。1ヶ月も経たないうちに1匹では可哀想と雌のビーグルを求めにronを生み出した同じブリーダーを訪ねた。売れ残りが1匹だけあるとのこと。なるほど、ずんぐりとしており、ずしっと重く色は尻尾の先がシロを除けばほとんどクロに近かった。ブスだが私には愛らしく見えた。さっそく頂いて来る。happy(ハピー)と名付けた。

最初はゲージに入れておいたが、一緒にいれたダンボールの上に乗っかってすぐに脱走してしまう。快活な子だった。数週間、脱走犬の面倒をみるために私が同じ部屋に寝る嵌めになった。
ronは2ヶ月年上で、幼犬の2ヶ月違いは差が大きい。体も倍違っていた。
happyの快活さは半端ではない。ronが階段を上れないでいるときに、スイスイと上ってしまう。ronは階段の下で恨めしそうによく眺めていた。
6ヶ月が過ぎたころには、もう2匹とも大人の体形である。
今住んでいる団地ができたばかりの頃である。春には山菜が豊富に採れた山間の団地で、犬の運動会には事欠かなかった。曲がりなりにも猟犬である。野っパラを垂れ耳をはためかせて駆け巡り、獲物を追いかける。遠くで見ていると獲物を追い詰め、獲物は垂直の木に3メーターほど登った。よっぽど追い詰められたのだろう。近寄ってみると、それは猫だった。ドジな猟犬である。
よく家内とron、happyとで「かくれんぼ」をしたものである。リードなしで自由に飛び跳ねていたころである。2匹が好きに飛び跳ねているときに、こちらは物陰に実を潜める。そうすると、どこ行ったと一生懸命に探すのである。人間の何万倍の嗅覚の持ち主である。すぐに見つかってしまうのだが、楽しいひと時だった。
ronとhappyは夫婦であるが、対等ではない。happyは女王様で、ronはじっと我慢のお目付け役みたいな関係だった。外で怪しげな動きがあるようなときは、まずronが真っ先に番犬の勤めを果たすかのよう庭に飛び出して行く。happyはronが安全を確認してから後ろからついて行くのである。happyはちゃっかり者である。何をするにもronはhappyの後である。おやつをいただくのも我々の愛情を受けるのも、じっとhappyの後ろで我慢して待っていた。ronは決して弱くはないのだが、happy
には寛容だった。
ronは我々といるときでもプライドを捨てきれず我を主張するところがあった。happyはちゃっかり者、可愛がられ方を知っているのである。
ronは我々が出かけ留守番をするときは2階のバルコニーから、何時間でも我々の帰りを待っている犬だった。happyはronがいるので我関せずと寝て待つような、面白い犬だった。
それでいて、我々が帰ってくると真っ先に出迎えるのがhappyである。何かにつけ要領が良いのである。
ronは12歳で、この世を去った。最後までhappyの後ろで我慢している意地らしい犬だったが、他の犬に対しては威厳があり、こちらから吼えることなど一度もなかった。
ronが亡くなってhappyは伴侶を失い、すっかり心身症になってしまった。
暗いところへ行きたがり、そこにごろっと横たわったまま動かなくなってしまう。そんなことがしばらく続いた。
もうダメかとも思った。しかし日数が解決してくれた。犬も人間も同じことである。
happyはronの死後、すっかり甘えん坊の犬になってしまった。これまでは我々がいなくともronがいたので、安心して寝て待てたのが、悲しく鳴いて留守番ができなくなってしまった。それ以来、私か家内のどちらかが家にいることになった。手間のかかる犬になってしまったのだ。もともと1匹で育てたら、このような犬だったのかもしれない。
ronの子供も13匹産んだ。犬舎号は「kenhappy」である。13匹の子供には血統書にすべて「kenhappy」がついている。「ken of kenhappy」のように。通常は産まれた順番にAから名付けなければならないのだが、皮肉れものの私はKから名付けたのである。2度目はJから名付けた。それでも問題はおきなかった。
happyは17年頑張った。何も言うことはない。ただただこれまで有り難う、である。前にも書いたが、我々夫婦の諍いの種をいくつ食べてくれたかわからない。子は鎹、犬も鎹である。
ronのお骨は家にある。やっとhappyと一緒になれる。懇ろに葬ってやりたい。
ronとhappyから学んだことは、人間のもっている心のすべてを犬ももっているということである。そして老いること。人間の縮図を見たのである。
自分がどうなるか、それをまざまざと知ったということである。
家内の懐で看取られたhappyは幸せである。我々夫婦を看取る人間は間違いなく他人となる。
それで良いのだが、いつの日か寝て目覚めなかった、というのが望みである。

宇宙のロマン 9/22

6d9d48de.jpg1996年の12月にアメリカコーネル大学の天文学者カールセーガン博士が亡くなった。とても残念だった。幼い頃から、私は天文が好きだったが、カールセーガン博士の「コスモス」を読んで、いっそう天文学に興味を持ち、またますます好きになった。今でも、宇宙を再認識したい時には、このコスモスを寝る前に読む。そうすると心が落ち着くのである。「コスモス」は1978年だったと思うが、カールセーガン博士自らの出演で、テレビシリーズとして放映された。きっと覚えておられる方もいることだろう。今日は、その「コスモス」の中から、ドレイクの方程式というのをご紹介しよう。
皆さんは、この宇宙に我々人間と同じ知的生物のすむ惑星がいくつあるだろうか?と考えたことはないだろうか。そう考えることはごく自然なことであり、宇宙へのロマンを増幅させる。

知的生物の文明社会の数がいくつあるか?という数「N」は、おおまかに推定することができる。それぞれの因子を考えてみよう。
N*=銀河系のなかの恒星の数、fp=惑星系を持つ恒星の割合、ne=ある特定の惑星系の中で生物の存在し得る生態学的環境を持つ惑星の割合、fl=適当な環境を持つ惑星の中で実際に生物が誕生した惑星の割合、fi=生物の住む惑星の中で知的生物のいる惑星の割合、fc=知的生物の住んでいる惑星の中で、通信技術を持つ文明人のいる惑星の割合、fL=その惑星の寿命のなかで技術的文明人の存在する期間の割合、これらをまとめると、N=N*×fp×ne×fl×fi×fc×fLとなる。このうち「f」はすべて0〜1の間の少数で、N*の大きな数を減らして行く。できるだけ否定的な要素を集め、消去法で消して行く!詳細な分析は多義にわたっており、ここで説明することは無理であるが、それぞれの因子の説明は大変興味深い!結局否定的要素を集めて式にあてはめると、最後には我々と同じような文明を有し、いま現在存在する惑星は10個はあるだろう。と結論付けられる。それはごく自然なことで、この宇宙の中で、地球だけが特別な存在でありえるはずはないのだから!このことについて詳しくお知りになりたい方は、朝日新聞社発行の「コスモス」上下巻をお読みいただきたい!「ザ・ギャラクシー=我々の銀河系」の中に10個も我々と同じような文明を持つ惑星がある、と思うだけでも魅力あることである。「ザ」を取り去ったただの「ギャラクシー」は我々太陽系の属する銀河系外の銀河(例えばアンドロメダ銀河)をいう。正に宇宙は広大である。

小説と映画 9/22

皆さんは、原作を本で読んでから、その映画なりテレビを見たことがきっとあるでしょう。どうでしょうか、その内容に満足できましたか?
私は何本かそのような映画を見ていますが満足できたことは一度もないのです。原作が素晴らしく、映画が劣るというようなことではないのです。
読んだ文章には10人十色の想像力が働いています。原作の中に10人十色の物語があるということを意味します。それに対して映像は直接的であり、ひとつの物語が厳然として存在しています。そういう意味で映画は小説を超えることはできないと私は思っています。原作に対して映画は物足りなさを感じてしまう。特性上、仕方のないことです。
そんなことを題材に「詩」を書いてみましたのでご紹介します!
hana

小説と映画は
どこがどう違うのだろうか

小説は間接的であり
映画は直接的である

映画は目で見てストレートに感じているが
小説は読んで想像力で感じている

原作を知らずして見る映画は
感動そのものであるが
原作を既に読み知っている映画には
言い知れぬ物足りなさを感じてしまう
それだけ小説には
逞しい想像力が働いている

人間の想像力は無限である
故に一人一人が描く想像の世界は
10人十色であり
読手の数だけの
想像で膨らんだ物語があるのだ
そういう意味で
映画は小説を超えることはできない

極端な言い方をすれば
映画には一つのはっきりとした物語しかないのだ

映像とは想像力を奪ってしまうほど強烈なものである
それだけ作品の善し悪しがストレートに出てしまう
製作者にとってはきっとそれが大変な恐怖なのだ

小説も映画も
人間に感動を与える芸術であり
もとより優劣があるわけではない

いずれも人間が創り出した
心の叫びである

命幾ばくもなく 9/21

ea5eaa7a.JPG我が家には17歳のおばあちゃん犬、happy(ハピー)がいる。前の記事に付けた写真で抱いているのは12歳で亡くなったhappyの連れ添いron(ロン)である。5年近く長生きをしているが、もはや命は幾ばくもない。右の頚部に人間の拳よりも大きな腫瘍ができていて、食べることができない状態になっているからだ。
不安なのだろう、家内の側を片時も離れずにいる。


17年も一緒にいるので可愛いのは当たり前なのだが、体が動かない状態になっても自分の務めを果たそうと必死になる姿に涙が流れてしまう。私と家内の諍いの種を食べるのが彼女の仕事である。私が家内と話をするときは、必ず私の体に尻をあて、家内に顔を向けて「喧嘩」はするなよと、尻と目で言うのである。これまでいくつの種を食べてくれたか知れない。憎めない可愛いやつなのだ。
これまで何度か病気もし、命の危機もあったが、乗り越えてきた。
しかし、今度だけはもう諦めざるを得ない。とても悲しいことである。
ただ安らかに逝ってくれと祈るばかりだ。12キロあった体重も今や5キロまで落ち、骨と皮になりつつある。
立つ歩くがしんどく、立ってもすぐ倒れてしまう。水を飲んでは吐くを繰り返している状態である。食べ物はもう口にはできない。
歳をとるということは大変なことである。このhappyを見れば、自分の20年後、30年後が見えてくる。人間の縮図そのものである。
そのとき自分はどう生きるのか?
それはそう遠くない未来である。

PCでオールナイト、映画を2本見た 9/20

dafe0fa6.jpg昨夜は未明から映画を2本見た。
PCでのオールナイトである。
PCビデオカードSビデオ端子接続のCSチューナー経由での某衛星放送映画専門チャンネルである。それを更にPC内蔵のTVキャプチャーカード経由でHDD録画、その後DVD作成と、今流行のストレージ、大容量化PCの最近の代表的な使い方である。
見たのは、ジェニファー・ロペスの「メイド・イン・マンハッタン」「イナフ」である。対照的な映画だが彼女の魅力満載の2本だ。

もう何年も映画館に足を運んでの鑑賞はしていない。大画面は望めないが、PCでの独り鑑賞も乙なものである。ディスプレイが17インチ液晶なのを除けば、映像も音響も一流であり、他人を気にすることなく没頭できる良さがある。音源はPC接続のDTM用のRoland SC−D70、それをPC接続のオンキョーのミニコンからOUTPUTしている。惜しむらくはスピーカーから音が聴けないことである。昨今の団地は音だしご法度、聞こえてくるのは幼い子供の喧騒だけである。という訳でヘッドホンでの鑑賞となる。ここのところ毎日1本は映画を見ている勘定だ。それをすべてDVD化していて、個人で楽しむための映画コレクションが出来上がってしまう。HDD録音用のHDDの容量は160GBあるが、20本も録画すればはや容量が赤信号。録画ファイルを溜めておくことは儘ならない。それでも、仕事がパソコン教育関連なので、ハードは強力化していて、HDDは4台400GBの容量があるので、まだ大丈夫ではあるのだが!
この映画の感想は後に譲るとして、最近見た映画の感想を2本分、詩風にまとめたのでご紹介しておきます。

映画を見た

愛も自然も
憎しみもアクシヨンも

スクリーンと私の間に
虚像と実像の
確たる隔たりをもった
世界が見える

しかし
どうして感動し涙するのか
現実とはかけ離れているはずなのに
身近で起こったことのように
全身が反応してしまう

夕焼けに覆い尽くされた
大海原を翔けるヨットに

その中で激しく求める
男と女に

やがて別れる切なさに

自分には
絶対に当て嵌まらない
情景を見つつ

虚像と認めて
尚且つ全身の震えを
禁じ得ないこの感動は何だ

人間は誰しも
侭にならない世界があり
努力の上に生きている

努力を超えた
夢を見たとき
現実を忘れ感動がある

超えられない
現実の向こうにある
生きている夢の証を
映画に見ている


ちょっと切ない映画を見た
愛し合う者たちが運命により引き裂かれる物語である

彼は飛行機事故により海に墜落
命からがら無人島に漂着した
彼女からもらった写真入の懐中時計
その写真を毎日眺めながら
彼女に会いたさ故に必死に生きた

孤独は恐ろしく人間を疲弊させる
一緒に漂着したバレーボールに
自分の血で顔を描き
ウイルソンと名付け友とした
毎日彼に語りかけることで孤独を癒した
何度も失敗しながら摩擦熱で火を得た
早4年もの歳月が過ぎた

島の周りには大波が発生し
ちゃちなゴムボートでは沖に出ることはできない
ある日のこと帆に使えそうな壊れた部材が漂着する
苦労し脱出用の筏を作った

風が出る季節を待ち
大波を克服し意気揚々と航海に出た
容赦なく嵐が襲う
ウイルソンが流される
助けようにも無理である
彼の名を何度も叫び
バレーボールに親友を失ったようにさめざめと泣いた

出発地点から500マイル流され
やっと貨物船に拾われた

愛しい人はどうしているだろう
身なりを整え風貌は4年前と同じになった
友人が生還を祝う宴を催し
彼女との再開のお膳立てを整えた
しかし彼の前に現れたのは
以前に彼の歯を治療した歯科医だった
「彼女は混乱している」
「君の葬式もし墓もあるのだ」
「その君が突然蘇ったのだから」
「彼女は今私の妻なのだ」
彼は呆然と立ち尽くすだけだった
しかし恨む気持ちなどさらさらない
深く彼女を愛しているだけだ

彼は懐中時計を握り締め
雨の夜半に車を彼女のもとへ走らせた
彼女は車の音を聞きつけ
彼が扉を開ける前に部屋に招き入れる

「壊れてしまったがこの懐中時計を返しにきた」
「あなたにあげたものよ」
「君のおじいさんのものをいただいたのだから君が持つべだ」
「そんなこと気にしなくていいのよ」
女の子の写真を見ながらつぶやく
「可愛い子供だね一人じゃなくもっと産むべきだよ」
「家のローンが大変でまだ無理よ それより見せたいものがあるは」
ガレージに行く
そこには墜落する飛行機に乗るために空港まで送った
二人の車があった
「あなたの車よ 忘れられない二人の思い出が一杯詰まっているわ」
「乗って帰ってもいいのかい 乗ってきたタクシーはもう行ってしまったし」
「ええいいわ キーよ」
彼は雨の中 車をガレージから走らせた

視界から消え去ろうとするとき
彼女は何度も何度も彼の名を叫び
走って車を追いかける
彼が気づき車を止める
強く抱き合いキスをする
「誰よりも愛しているよ」
彼が言う
「私もよ」
彼女が応える
彼は彼女を車に乗せて言う
「家に帰りなさい」
彼女は頷いた

儘にならない悲しさはあっても
深い愛が脈々と流れていた
肉体を超えた永久の愛である

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