ここ数日、幼きフィールドで仕事をしています。
約58年前から52年前まで実際に生活したフィールドです!

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挿入写真の下が私が7歳から13歳まで暮らした父の会社の社宅です。
今風に言うと3Kのマンションです。

既に建築から58年経過していますが、辛うじて建物は残っています。
しかし、住人はいないようなので、きっと取り壊される運命なのでしょう!

当時は、他にはない立派な建築物でした。
周りは木造の昔の家ばかりで、鉄筋コンクリートの建物は、この建物以外皆無でした。

道路の狭さは変わっていません。

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当時からある何々屋さんで今も同じ看板を掲げているところもありますが、当時の殆どの店はなくなっています。
食料品店、八百屋、中華そば屋、日本そば屋、酒屋等々はなくなっているのです。
風呂屋だけは今も営業していました!(驚)
私が済んだ3Kのマンションにはもちろんお風呂はありましたが、よく悪ガキ仲間で、この銭湯に入ったものです!(笑)

最初の挿入写真の上右は私が通った小学校です。
上左は中学校です。

私の住んだ3Kのマンションとそれぞれを結んで出来る三角形の中で、仕事をしていました。
7歳から13歳までの多感な時期を過ごした地域です。
昔の様々な想いが蘇って来ます!

紙芝居屋が拍子木を叩いて来たことを知らせ、金魚屋が「金魚〜や金魚〜」と名調子で夏に金魚を売りに来たり、カランコロンと鐘を鳴らして夏は団子を冬はおでんをリヤカーを引きながら売りに来たこと等々が脳裏を巡って行きます!
汽車(蒸気機関車)見をした踏切もまだあります!

良き昭和30年代の想い出です!

確かに足跡を残した地域に58〜52年ぶりに数日に渡って数時間滞在していました。
市の開発地位からは外れていて、建物は変わっても町の雰囲気はそれほど変わっていないのに驚きもあります。

間もなく取り壊されそうな私の家族が住んだ父の社宅、3Kのマンションは自分を育んだ家に違いはありません。
そこには今は亡き両親を中心に家族の温もりが確かにあったのです!

58年経過してまだ存在することは奇跡に近いことかもしれません。
郷愁に浸る老人がポカンと建物を見つめています!