2012年10月

2012年10月31日

スケート華やかし頃!

昭和30年代後半から40年代初めにかけて、随分通ったスケート場がありました。
仙台駅東口の二十人町よりのところに「東日本スケートセンター」という屋内スケートリンクがありました。
1周400mトラックだったと思います。
1965年頃の話ですから既に47年経っています!(笑)
だいたいこの写真の右手奥の方にありました。
無題 (640x590)

スケートは、当時は大変好きで、また物凄く上手かった!
フィギュアスケートではなく、スピードスケートの方です。
スピードスケートに3種類ありました。
通常のスピードスケートの「ロング」と、スピードスケートの3分の2くらいの刃の長さがある「レーサービ」、そしてロングの半分の長さの「ハーフスピード」です。
<ロング>
set-2d (363x209)

<ハーフ>
ha-hu (640x478)

確かに中間の長さのスケートを「レーサービ」と言ったと記憶しているのですが、ネットで調べても答えが返ってきません。
もう半世紀近く昔のことですから、呼び名が間違っているかもしれませんね!
私はハーフスピードのマイスケートを持っていました。
クリスマスのプレゼントに姉からいただいたものです!(笑)
中学1年でも、スピードは高校生と競争しても劣らなかった。
当時は、この他に秋保の野外スケート場、八幡町の屋内スケート場と3か所くらいありましたね!
秋保の野外スケート場には1度、八幡町にも何度か行ったことがあります。
しかし、仙台駅東口(当時は東口とは言わず、ただの駅裏でした)のこの東日本スケートセンターには数えきれないほど通いました
今の職場が、昔のスケートセンターのあった場所と隣接しているので、懐かしい古の心浮き立つ空間を想い出していたのです。
当時は私の家に下駄スケートがありました。下駄にスケートの刃が付いているのです。
また、マイスケートを持つまでは、長靴に革バンドでスケートを装着するタイプのスケートを使っていました。
懐かしいシングルから10代初めの想い出です!


kenhappy1 at 21:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 徒然なるままに